はとバス昭和物語

【旅読人】『はとバス昭和物語  第7回 ディズニーランド(R)特需と景気の波の中で』を公開

 トラベルバリューの連載コラム「旅読人」で、『はとバス昭和物語~車窓から見た〝あの頃〟の東京~ 第7回』を公開。第7回目は『ディズニーランド(R)特需と景気の波の中で(昭和58~64年)』です。
 はとバスが創立35周年を迎えた昭和58(1983)年、米国オーランド(カリフォルニア州)、アナハイム(フロリダ州)に次ぐ世界で第3番目、本家・米国以外では初となる東京ディズニーランド(R)がオープン。同園を組み込んだはとバスの各コースは、予想をはるかに上回る集客を果たしました。
 そして時代はバブルの好景気へと突入。世の消費動向に対応し、さらなる豪華バス導入や次世代の東京湾ウォーターフロント観光に向けたクルーズ船の運航を新たに開始。
 急速に変わりゆく時代状況の中でも決して止むことのなかったその挑戦の根底にあったのは、創業以来の「お客様第一主義」でした。

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ディズニーランド(R)開業の頃のバスガイド

 ディズニーランド(R)コースでは、ディズニーのキャラクターや施設の創始者ウォルト・ディズニーに関するエピソードのほか、ショーの時間やアトラクションの運行状況、お土産情報などをバスガイドが紹介。今と異なりインターネットなどの情報メディアがない時代、ガイド自らが園内マップなどをつぶさに調べ、現地を下見して仕入れた最新情報でした。その他、広大な駐車場から入り口までお客様をスムーズに誘導できるよう、何度も練習が行われました。
 皇居、浅草、銀座、東京タワーといった昭和30年代から続く定番人気スポットとは一線を画す東京ディズニーランド(R)は、瞬く間に東京観光のキラーコンテンツへと成長。これに引っ張られるように、他の周遊コースなどの乗客数にも回復の兆しが見えはじめました。