はとバス昭和物語

【旅読人】『はとバス昭和物語 第4回 ポスト・オリンピックの難局に攻めの姿勢を貫く』を公開

 トラベルバリューの連載コラム「旅読人」で、『はとバス昭和物語~車窓から見た〝あの頃〟の東京~ 第4回』を公開。
第4回目は『ポスト・オリンピックの難局に攻めの姿勢を貫く(昭和40~44年)』です。
 はとバスの「オリンピック施設めぐりコース」が予想外の人気を呼び、業績が伸びた東京オリンピック閉幕後の1年。しかし喜びも束の間、折からの好況により、国産大衆車の量産体制が確立したことで車社会化へ。さらに東海道新幹線利用による日帰り旅行の広域化や増加などから、バス旅行需要が停滞。そんな苦難の時代にあって、はとバスが貫いた“攻めの経営”について豊富な写真とともに物語でご紹介しています。

※2ページ目以降を読むには、会員登録が必要です

はとバスと代々木競技場

 オリンピック後も続く観光ブームの恩恵を受け、定期観光バス部門では昭和40(1965)年から42(1967)年にかけて爆発的に需要が増加。なかでもはとバスの業績の押し上げに貢献したのが、「オリンピック施設めぐりコース」で、昭和41(1966)年3月27日には1日で9,588人の輸送人員を記録するなど、予想外の大ヒットとなりました。
 写真は、当時のはとバスと代々木競技場。