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2019.6.19

世界遺産の長崎「軍艦島」の廃墟を訪ねる上陸ツアー

世界遺産の長崎「軍艦島」の廃墟を訪ねる上陸ツアー
明治から昭和にかけて、日本の近代化を支える一大海底炭鉱都市として栄えた長崎県端島(はしま)の通称「軍艦島」。岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶ外観が、軍艦「土佐」に似ていることから、その愛称がつきました。軍艦島は、昭和49年(1974年)には閉山、無人島となりましたが、平成27年(2015年)、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産のひとつとして、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。現在は一般客の上陸が許可され、廃墟をめぐる軍艦島ツアーで往時の人々の暮らしを垣間見ることができます。(写真:海底炭鉱の島「軍艦島」)

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< 目次 >

軍艦島の黄金期

軍艦島(空撮)

軍艦島として知られる長崎県端島の面積は約6.5ヘクタール。南北に約480メートル、東西に約160メートル、周囲1.2キロメートル。長崎県の南端・長崎半島の海岸から約4キロメートルの海上に浮かぶ小さな島です。
明治23年(1890年)、三菱が端島炭鉱を買い取り、本格的な石炭採掘を開始、周囲の岩礁・砂州の埋め立てを進めながら島として整備していきました。石炭が主要エネルギー源であった時代、端島炭鉱からは良質な石炭が採れ、日本の産業の発展に大きく寄与しました。最盛期の昭和16年(1941年)には、年間約41万トンという出炭量を記録しています。
出炭量の増加に比例するように軍艦島の繁栄も加速、多くの人が採掘作業に従事し、昭和30年代には約5,300人もの人々が島で生活していました。その人口密度は当時の東京の約9倍、世界最大でした。軍艦島の面積の半分以上は鉱場で、残りの場所に病院や学校、寺社、派出所、映画館、飲食店、パチンコホール、スナックなどの施設がひしめくように建ち、人々は高層集合住宅で暮らしていました。軍艦島では、当時最先端の都市が形成されていたのです。

軍艦島の驚きの建物

30号棟・31号棟アパート

軍艦島の特徴である外海側に林立する住居棟群。狭い土地と高い人口密度の対策として、日本初の高層鉄筋コンクリート造のアパートや、鉄筋コンクリートと日本家屋を融合したビルが、時代の先端技術を使って建てられました。

30号棟アパートの吹き抜け空間

「30号棟」と呼ばれる建物は、築100年を超える日本で最古の鉄筋コンクリート造のアパート。建築学上、貴重な建物です。鉄筋コンクリート造7階、一部半地下、建物の中央には吹き抜けがあり、その周囲をまわるように階段が設置されています。

日給社宅渡廊下

大正7年(1918年)に最初の部分が完成した巨大な集合住宅・16号~20号棟アパートには、鉄筋コンクリートと日本家屋の融合が見られます。厚い鉄筋コンクリートの躯体のなかに木製の欄干、土間、長屋的構造など、日本古来の建築技術がちりばめられています。16号~20号棟アパートには、日給制で働く炭鉱員たちが住んでいたことから、通称「日給社宅」と呼ばれました。当時、9階建て(20号棟のみ6階建て)で国内最高層のアパートでした。
昭和41年(1966年)には、緑化運動の影響を受け、日給社宅の屋上に青空農園が造られました。屋上の菜園は、当時としては先進的な試みでした。翌年には水田も造られましたが、水を張れる構造ではなかったため後に閉鎖、屋上には花壇や遊園地が造られました。

端島小中学校

昭和33年(1958年)に建てられた端島小中学校は、高層アパートに隣接しており日当たりが悪かったので、窓が非常に広く造られました。7階建てで、当時としては国内最高層の公立小中学校でした。

地獄段

島内には入り組んだ階段や、建物を連結する渡廊下が縦横無尽に張り巡らされています。これは、地盤レベルから屋上に至るまで、狭い土地を有効に使うための工夫でした。島のほぼ中央にある「地獄段」は、商店街だった端島銀座から頂上の端島神社まで蛇行しながら続く階段でした。

往時の面影

第三竪坑捲座跡

写真(上)は、第三竪坑捲座跡(だいさんたてこうまきざあと)。竪坑とは、鉱員や石炭の運搬、坑内の通気の目的で掘られた垂直の坑道施設で、ケージと呼ばれるエレベーターのような箱で昇降していました。竪坑のてっぺんに巻き付けたワイヤーロープによって、ケージは昇降していました。また、捲座とは、ケージを昇降させる捲揚機(まきあげき)が置かれた施設を指します。昭和10年(1935年)に閉鎖された第三竪坑捲座は、総レンガ造りでした。現在も、第二見学所から、かろうじて残った壁面の一部を見ることができます。廃坑後は閉山まで資材事務所として使われました。

第二竪坑坑口 桟橋跡

主力坑であった第二竪坑はほとんど崩壊していますが、第二竪坑へ向かう桟橋の昇降階段部分だけは現在も残っています。

ベルトコンベア跡

石炭を運んだベルトコンベアの支柱だけが残った、貯炭ベルトコンベア跡。精製された石炭は、ベルトコンベアの上を移動、貯炭場に蓄えられ、運搬船に積み込まれました。

軍艦島の終焉期

最先端の技術と都市機能をもつ特異な離島として繁栄をきわめた軍艦島ですが、1950年代後半、石炭から石油の時代へと移行すると、島も衰退の一途をたどり、昭和49年(1974年)に閉山、無人島となりました。無人化した島には、老朽化した建物、テレビをはじめとする家電、食器、薬瓶などが残されており、往時の人々の暮らしを今に伝えています。

軍艦島見学ツアー

第一見学所に広がる擁壁

平成13年(2001年)、軍艦島は旧西彼杵郡高島町へ無償譲渡されました。平成17年(2005年)には高島町は長崎市に編入、軍艦島は長崎市の管轄になりました。このころ、海運会社による軍艦島の周遊観光船のサービスが開始、外側から軍艦島を見たいという観光客で賑わいました。長く立ち入り禁止だった軍艦島ですが、平成21年(2009年)には一般見学ルートが完成、一部の整備されたエリアに限っては上陸ができるようになり、上陸見学用の観光船も営業を開始しました。

軍艦島見学には、ツアーを利用するのがおすすめです。各船会社が運航している軍艦島クルーズに申し込む方法もありますが、人気の週末や行楽シーズンの席は早い者勝ちなので、早期予約が必要です。簡単・便利な軍艦島見学ツアーであれば、ツアー予約がとれた時点で観光船の席がおさえられるので安心。また、周辺観光やグルメも楽しめるお得なツアーが多数あります。
※軍艦島上陸ツアーの場合、「誓約書(軍艦島上陸のための厳守事項)」への署名が必要です。
※軍艦島上陸に関しては、天候と安全基準を満たさないと上陸ができません。
※動きやすい服装、歩きやすい靴がおすすめです。
※島内では傘は使用できないため、雨に備えてレインコートや帽子を持っておくと重宝します。
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