旅のご予約|関東

2020.4.13

はとバス昭和物語 第7回 ディズニーランド(R)特需と景気の波の中で(昭和58~64年)

はとバス昭和物語 第7回 ディズニーランド(R)特需と景気の波の中で(昭和58~64年)
70年代の経済低成長時代の苦闘の先に見えた明るい光が、国内アミューズメント施設史上類を見ない規模と内容を備えた、東京ディズニーランド(R)の誕生だった。同園を組み込んだはとバスの各コースは、予想をはるかに上回る集客を果たす。そして時代はバブルの好景気へと突入。世の消費動向に対応し、さらなる豪華バス導入や次世代の東京湾ウォーターフロント観光に向けたクルーズ船の運航を新たに開始した。急速に変わりゆく時代状況の中でも決して止むことのなかったその挑戦の根底にあったのは、創業以来の「お客様第一主義」だった。(写真:昭和60(1985)年頃に撮影された、皇居前でのひとコマ。幅広い世代に愛されるはとバスはいつの時代も変わらない)

このページをシェアする

かつてない、米国生まれの巨大観光施設が出現

A4冊子形式になった昭和58(1983)年発行の新パンフレット。サイズを大型化することで読みやすくなり、臨場感もアップ!

 はとバスが創立35周年を迎えた昭和58(1983)年、日本の観光業界全体を揺るがすような“黒船”が海の向こうのアメリカからやって来た。米国オーランド(カリフォルニア州)、アナハイム(フロリダ州)に次ぐ世界で第3番目、本家・米国以外では初となる東京ディズニーランド(R)が、昭和58(1983)年4月15日にオープンしたのである。

 千葉県浦安市舞浜の約25万坪(当時)の埋立地に総工費約1,800億円を投入、5つの主題を持つテーマランドにより構成されたディズニーランド(R)。規模、内容ともに既存の娯楽施設とは一線を画すもので、子どもばかりでなく大人も一緒に楽しめる一大ファミリーエンターテインメントであることが最大の特徴だった。

 あらゆる世代の人々が共に驚き、発見し、楽しめる世界を目指した園内は、現実世界を思わせる自動販売機の類は一台も置かれず、ゴミやタバコの吸殻などはスタッフが素早く片付けるという徹底ぶりである。

 また乗物の座席やベンチに一人がけのものはなく、必ず何人かが一緒に座れるように造られるなど、心温かい配慮と工夫が随所に施された、まさに「夢と魔法の国」だった。

コースの準備まで規格外だったディズニーランド(R)

2階建てバス第一号「メテオールE440型」は、ディズニーランド(R)が開業したのと同じ、昭和58(1983)年に運行を開始した

 はとバスでは、東京ディズニーランド(R)開園前年の昭和57(1982)年に対策委員会を設置。同園を定期観光コースに盛り込むべく準備を始めた。国鉄や東京空港交通が東京駅から、オリエンタルランド交通が浦安駅から直行バスを運行するとの情報もあったが、それでもなお定期観光バスとしての運行に十分な需要があると見込まれたのだ。

 創立35周年という記念すべき節目の年にこの巨大テーマパークを新たなる飛躍への起爆剤とするべく、社内一丸となってのコース開発は熱を帯びたものになった。

 米国発のディズニーランド(R)は、その全てがそれまでの国内の遊園地の枠には収まらない全く新しい施設で、同園を含むコースの準備も従来とは大きく異なるものとなった。

 例えば、ディズニーランド(R)は園関連の写真の取り扱いにとても厳しいため、ツアーパンフレット制作の際には原稿を園側に直接持ち込んで確認を依頼、使用する写真のネガも担当者間の手渡しで行われた。その他、掲載する写真の下に著作権を意味する記号、(c)を付けたことも当時としてはとても珍しいことだったという。

爆発的人気を博した、ディズニーランド(R)コース

昭和58(1983)年8月、創立35周年記念式典で挨拶に立つ、第7代・前田弘社長

 そして昭和58(1983)年、満を持して同時運行を開始したのが「東京ディズニーランド(R)と皇居・東京タワーコース」「東京ディズニーランド(R)1日コース」の2つのコースである。

 前者は東京ディズニーランド(R)への4時間の滞在に皇居前、東京タワー観光をプラスした所要7時間半~8時間のコースで、料金はアトラクション券10枚と東京タワー搭乗券付きの大人7,400円。後者は4時間半のディズニーランド(R)滞在のみのコースで、所要6~7時間、料金はアトラクション券付きの大人6,300円だった。

 両コースの乗客は最初の5カ月だけで2万6,000人にものぼり、同時期の昼の定期観光コースの全乗客の92%に当たる突出した数字をたたき出した。次いで夏休みに合わせスタートした「夜の東京ディズニーランド(R)コース」も2カ月間で3,361人を集め、同時期の夜の定期観光コースの85%にあたる数字を記録。

 さらに外国人向けにも、皇居-東京ディズニーランド(R)-浅草を巡る「東京ディズニーランド(R)とシティツアー」が昭和58(1983)年4月から開始。同年7~10月には「トワイライトツアー」も運行を始めている。

東京の新たな必須立ち寄りスポットが業績全体を牽引

ディズニーランド(R)開業の頃のガイドたち。鮮やかで品のある制服が目をひく

 ディズニーランド(R)コースでは、ディズニーのキャラクターや施設の創始者、ウォルト・ディズニーに関するエピソードのほか、ショーの時間やアトラクションの運行状況、お土産情報などをバスガイドが紹介した。

 今と異なりインターネットなどの情報メディアがない時代、ガイド自らが園内マップなどをつぶさに調べ、現地を下見して仕入れた最新情報だった。その他、広大な駐車場から入り口までお客様をスムーズに誘導できるよう、何度も練習が行われたという。

 皇居、浅草、銀座、東京タワーといった昭和30年代から続く定番人気スポットとは一線を画す東京ディズニーランド(R)は、瞬く間に東京観光のキラーコンテンツへと成長する。初年度1,000万人と見込まれていた入場者数は、開業わずか半年で600万人を突破。はとバスのディズニーランド(R)送客もうなぎのぼりに増えていった。これに引っ張られるように、他の周遊コースなどの乗客数にも回復の兆しが見えはじめた。

「科学万博-つくば’85」の入場者輸送に貢献

「科学万博-つくば’85」のパビリオンのひとつ、三菱未来館出口にあった映像展示「樹林ドーム」

 東京ディズニーランド(R)の開業とともに忘れてならない当時の一大イベントが、昭和60(1985)年の3月から9月まで茨城県の筑波研究学園都市で開かれた「科学万博-つくば’85 (国際科学技術博覧会)」である。

 「人間・居住・環境と科学技術」をテーマに、海外から 47ヵ国 と37の国際機関、国内からは28の民間企業や団体が参加。日本の先端技術にかける意欲を国内外に示す絶好の機会となった。

 立体映像やコンピュータグラフィックス、全天映像、マルチ・巨大画面といった映像展示を中心に様々なロボットの展示が話題に。はとバスでは特にコースこそ設けなかったものの、入場者数が計2,033万人あまりに上った博覧会会場への観客輸送の一翼を担った。

高揚する時代の気分に合わせた新豪華車両を続々投入

昭和63(1988)年導入の「アステローベB10M型」の内装写真。1階部分に贅沢なラウンジスペースが設けられていた

 いわゆる「バブル」の超好景気は、昭和61(1986)年12月頃に始まった。前年のプラザ合意から円高が急速に進行。国内投資家や金融市場の資金は為替差損が発生する海外ではなく日本の土地と株への投資に集中、地価と株価が急上昇した。「財テク」が流行語となり、個人による投資も過熱して、会社員の給料は軒並み大幅アップ。銀行の定期預金金利も上昇し、人々の消費欲は一気にボルテージを上げた。

 そんな国内の消費嗜好に応え、はとバスでも豪華車両を相次いで導入する。昭和62(1987)年に運行を開始した、抜群の眺望が魅力の「ヨーロコメットE330H型」、昭和63(1988)年に採用された「アステローベB10M型」を皮切りにゴージャス化を推進していった。

 同時に豪華バスの専用コースも登場する。昼の「東京ハイアングル」は浅草-椿山荘での昼食-池袋サンシャイン60展望台、六本木・赤坂にまたがる複合型施設アークヒルズを回るコース。夜の「ハイアングルナイト」では東京全日空ホテル(現在のANAインターコンチネンタルホテル東京)の地中海料理と、新宿歌舞伎町の「ロータリー(現在のサントリーラウンジ・ロータリー)でゴージャスなショーを楽しめた。

招待や接待などにも活用された超高級コース

「ワールドナイトコース」の高級フレンチレストラン「マキシム・ド・パリ(現在は閉店)」での食事風景(昭和55〈1980〉年12月)

 空前の好景気のもとで人気を博したコースに「特別デラックスコース」と呼ばれる3つのコースがある。いずれも料金が1万5,000円以上という超高額コースで、そのひとつ「東京ワールドナイトコース(1万6,000円)」ではまず、チェコスロバキア生まれの高級レストラン「キャッスルプラハ(現在は閉店)」で食前酒を嗜んだ後、豪華なアールヌーボー式内装で知られた「マキシム・ド・パリ(現在は閉店)」で最高級フレンチに舌鼓。最後にスパニッシュダンスを鑑賞するというもの。

 ふたつ目は“東京で楽しむパリの夜”をコンセプトにレストランシアター「赤坂コルドンブルー(現在は閉店)」で豪華なショーとステーキディナーを味わう「東京フレンチナイトコース(1万6,100円)」。

 最後の「東京ロイヤルナイトコース(1万9,500円)」は当時、日本を代表するフレンチレストランだった「レジアンス(現在は閉店)」のフルコースにナイトクラブ「ニュー・ラテンクォーター(現在は閉店)」での国内外のスターによるショーを組み合わせたものだった。

 いずれも招待や接待にも利用できるよう高級志向を追及したもので、主に首都圏の人々が特別な日にお洒落をして楽しんだという。

次代の湾岸エリア観光に向けてクルーズ船を運航開始

平成元(1989)年に“海のはとバス”を目指し就航したクルーズ船「シンフォニー」。洋上で食事を楽しめるレストランシップだった

 バブル好景気到来と時同じくして、東京、横浜、大阪、神戸、福岡といった日本の主要都市では内陸部の開発が一巡、湾岸部を対象としたウォーターフロント開発事業が次々と立ち上げられつつあった。

 東京では、昭和54(1979)年に就任した鈴木俊一都知事がお台場の臨海副都心計画を発表。また、対岸の東品川でも昭和61(1986)年に、倉庫街の再開発計画(現在の天王洲アイル)が決定した。

 新たな観光地としても注目を集め始めた東京湾岸エリア。この動きを見逃さず、はとバスでは新事業の展開をはかる。昭和63(1988)年に、東京ウォーターフロント観光のための新会社「東京シーライン」を海運会社などと共同で設立。平成元(1989)年5月にはクルーズ船「シンフォニー」を就航させ、初の東京湾クルーズを実現する。

 東京都心の夜の煌めきを背景にディナーを楽しむナイトクルーズなどは、バブル景気の中でたちまち人気に。バスの運行とも連携させ、ランチ、アフタヌーン、サンセット、ディナーと様々なシチュエーションのクルーズがセットになった定期観光コースを設定した。

 常に東京の最先端を貪欲にコースに取り入れるはとバス。バブルの好景気時代に、その勢いはさらに加速した。

昭和62(1987)年春に社訓が登場

昭和62(1987)年12月に竣工した「はとバス会館新館」。 現在建て直し工事中で、完成は平成31(2019)年を予定

 ここで、1980年代のはとバスの社内体制とバス以外の事業について少し触れてみよう。昭和59(1984)年9月には大阪、名古屋の両営業所を廃止。これは、ファックスなどの通信機器の普及により、東京の事務所からでも地方の旅行会社とのやりとりがスムーズにできるようになったためであった。

 昭和62(1987)年12月には、経営多角化のための不動産事業の一環として、現在の品川駅東口近く(東京都港区港南1丁目6番5号)に「はとバス会館新館」を竣工。オフィスや住居が入った複合ビルで、はとバスの品川車庫として利用していた敷地に昭和45(1970)年に作られた「はとバス会館」に次ぐ、新たな賃貸用ビルである。

 また、同年3月には初の社訓が制定されている。いわく、「一、謝の念を持ち、サービス精神に徹しよう」「一、最高の安全と、快適さを提供しよう」「一、創意工夫を心がけよう」「一、健全明朗な新進を鍛えよう」。これは新たに決められたものというよりは先達が培ってきた社風と伝統をわかりやすくまとめたものであった。

未曾有の大不況下でも続けた挑戦

 バブルの好景気はわずか4年ほどで終焉し、日本経済は先の見えない不況時代に突入する。人々の不安心理は旅行業界を直撃、はとバスも長い低迷期に陥るのは必然だった。

 深刻な天候不順などが追い打ちをかける中、状況好転のきざしはなかなか見られなかった。そんな中でも「乗客が真に求めるものを追求、実現しよう」とする創業以来の社風「お客様第一主義」が変わることは決してなかった。

 そして全社一丸となっての試行錯誤を続けた結果、はとバスはやがて、見事な復活を遂げることになるのである。

<「はとバス昭和物語」最終回(昭和から平成へと受け継がれる「はとバス・イズム」)につづく>
文:今田 壮
編集協力:株式会社P.M.A.トライアングル
31 件

このページをシェアする

トラベルバリュー国内ツアー検索

トラベルバリュー国内ツアー検索

国内ツアー検索ならトラベルバリュー

トラベルバリュー国内ツアー検索では、北海道から沖縄まで全国各地の格安国内ツアーを最安値からテーマ・目的別で検索・比較可能。人気の日帰りバスツアーや、航空券パック、列車+ホテルパックなど、あなた好みの国内ツアーを条件を指定して検索することが出来ます。

国内ツアー検索を見る

トラベルバリュー海外ツアー検索

トラベルバリュー海外ツアー検索

海外ツアー検索ならトラベルバリュー

トラベルバリュー海外ツアー検索では、人気のハワイ、台湾、韓国、ヨーロッパ行きツアーや世界遺産旅行、鉄道旅行、秘境の旅など多彩な格安海外ツアーを最安値からテーマ・目的別で検索・比較可能。おすすめの添乗員付きツアー、一人旅ツアーや周遊ツアーも多数掲載中です。

海外ツアー検索を見る

トラベルバリュー海外オプショナルツアー検索

トラベルバリュー海外オプショナルツアー検索

海外オプショナルツアー検索ならトラベルバリュー

海外旅行先でのオプショナルツアーを探すなら、トラベルバリュー海外オプショナルツアー検索。人気の海外旅行先をはじめ世界各地の観光やグルメ、体験などさまざまな現地ツアーを最安値からテーマ・目的別で検索、比較できます。

海外オプショナルツアー検索を見る

メニューから探す