湯けむりとスッポンの何某

旅読人コラム2016.09.30

湯けむりとスッポンの何某

スッポンとともに恩恵にあづかる奥飛騨・平湯の温泉

湯けむりとスッポンの何某(岐阜県奥飛騨温泉郷 平湯)

旅に出るきっかけは人さまざまだが、なかでも大きな比重を占めているのが「食」。
普段の食生活の中では馴染みのない食材だが、旅の思い出として心と舌にいつまでも残るような滋味深い味が、全国各地にはまだまだ存在する。

水温の高い地域に生息するスッポンが、なぜ岐阜県の山奥に?

水温の高い地域に生息するスッポンが、なぜ岐阜県の山奥に?

 このコラムを読まれている読者の方々は「スッポン」を食べたことがあるだろうか?

 なぜ、冒頭からスッポンの話をしているかというと、スッポンについて興味深い話を耳にしたからだ。スッポンは、九州など水温の高い地域にしか生息しておらず、寒い季節には冬眠をする生き物。そんなスッポンが、日本列島のほぼ中央に位置する岐阜県・平湯温泉で養殖されているという。平湯温泉は飛騨山脈にある乗鞍岳の北麓に位置する、奥飛騨と呼ばれるエリアに属する温泉街。冬場は一面が雪景色となる。
「そんな土地で、なぜスッポン?」好奇心のおもむくままに、自身にとって初めての地・奥飛騨へと向かった。

鉄分を多く含む温泉(含鉄泉)では、空気に触れると酸化して黒ずんだ朱色を帯びる(写真:のりくら一休の露天風呂)

鉄分を多く含む温泉(含鉄泉)では、空気に触れると酸化して黒ずんだ朱色を帯びる(写真:のりくら一休の露天風呂)

 戦国時代に開湯したとされる平湯温泉は、奥飛騨温泉郷の中でも最も古い温泉地。戦国時代には武田信玄の配下の名将・山県昌景の軍がこの一帯を進軍した際に、疲労を癒やすために湯に浸かったという謂われがある。約40もの源泉が点在している平湯では、鉄分や塩分の含有など異なる泉質によって、湯の色までも異なる温泉が同じエリア内に密集しているというのも、温泉好きにはたまらない話。

 大阪からは新幹線とローカル線を乗り継いで高山へ。そこから平湯温泉に直通する濃飛バスへと乗り込んだ。車窓を次々と流れていくのは、遥か彼方に稜線が見える北アルプス山脈の青々とした景色。ほとんど信号のない山道を揺られること約1時間。バスを降りると8月にも関わらず肌に触れる空気はひんやり。目の前に広がる新穂高をはじめとする北アルプスの雄大な景色は、まさに圧巻の一言。山からおりてくる澄んだ空気は、夏から秋への季節の境目が近いことを教えてくれる。

温室内は、スッポンにとって適温の約30度前後に調整。人の気配に敏感で、室外から覗き込んでもすぐ温泉の中へ潜る。

温室内は、スッポンにとって適温の約30度前後に調整。人の気配に敏感で、室外から覗き込んでもすぐ温泉の中へ潜る。

 温泉宿が軒を連ねる表通りを散策していると、湯煙を上げるガラス張りの温室らしき棟が先のほうに並んでいた。櫓を模した入り口の看板には「ナガセスッポン養殖場」の文字。温室の横に建つ、伝統的な日本家屋をイメージしたモダンな建物の中へ。職員の方へ取材を快諾いただき、普段は一般公開されていない湯煙の立つ温室へ連れて行ってもらった(※通常の見学では「小さな水族館」のみ見学可能)。

 もうお気づきの方もいるかもしれないが、ナガセスッポン養殖場では地域に湧く温泉で4万尾のスッポンを育てている。ちなみに平湯温泉の源泉は、ミネラルをたっぷり含んだ北アルプスからの清らかな雪解け水。
 スッポンは臆病な生き物なので、ささいな音にも敏感に反応する。姿をひと目見ようと、温室の窓からそっと中を覗いてみたのだが、足音に反応し、すばやく温室内の温泉の中に潜ってしまった。亀のような見た目からは想像できない俊敏さには、意外な驚きをおぼえた。

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龍雲水 麗子

プロフィール龍雲水 麗子旅とグルメ、温泉を愛するルポライター

大阪の編集プロダクション「トライアウト」に所属する、ひとり旅&郷土食好きライター。趣味と実益を兼ねて?旅できる今の仕事が、けっこう気に入っている。西日本中心に訪れる旅先で心の琴線(や舌先)に触れたその時の想いを、秋空に流れる雲のようにサラリとした文体に留めることをモットーとする。

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