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2017.10.25

【福島旅行記】江戸時代の宿場町、大内宿の秋を旅する

【福島旅行記】江戸時代の宿場町、大内宿の秋を旅する
会津、中通り、浜通りの3つのエリアに分かれる福島県において、ふるさと情緒と里の風景が色濃く残るのが南会津。この地には江戸時代の宿場町風景を今に伝える、貴重な茅葺屋根の民家が46軒ほど並ぶ「大内宿」があります。国が伝統文化として保存すべきと認め、昭和56年(1981年)4月に「重要伝統的建造物群保存地区」として選定もされました。街道を歩きながらこの地を訪れた旅人に想いをはせ、秋の大内宿をご紹介します。

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会津城下から3番目の宿場町、大内宿

大内宿・浅沼食堂

大内宿の歴史は寛永17年(1640年)ごろ、会津城下と下野の国(今の栃木県日光市)を結ぶ下野街道の、3番目の宿場町として整備されたところから始まります。関東では会津西街道と呼称され、現在は国道121号線から県道31号(大内宿こぶしライン)が合流するあたりになります。

大内宿メイン通り

若松城(鶴ヶ城)下を南に日光へと向かう下野街道は、かつては江戸へと向かう参勤交代の路。天正18年(1590年)伊達政宗の小田原参陣、同年の豊臣秀吉の奥羽仕置きで通行した重要な街道沿いに大内宿はあり、その当時を偲ばせる奇跡的な眺めを残しています。

大和屋

集落の人々は300年以上続く当時の面影を今に伝え、歳時記を大切に守りながら暮らしています。46ある民家には福島の伝統工芸品を売る土産屋や、郷土料理を提供する店、民宿が立ち並び、早い店では朝の8時から観光客をもてなします。

子安観音堂・石段

大型観光バスで訪れる人を避け、朝には宿場入りし散策を楽しむのが大内宿の醍醐味。およそ450mにわたるメイン通りを抜け、まずは正面の子安観音堂へ。勾配のきつい石段のほか、左道から緩やかな坂道で登ることもできます。

大内宿・見晴台

子安観音堂へのお参りを済ませたら、隣にある見晴台へ。ここから一望する大内宿の街並みは実に壮観です。長き旅の途中、宿場町の賑やかな活気や茅葺屋根の温もりに多くの旅人が癒されたであろう、当時の光景がここにあります。

人の少ない、朝の大内宿を散策

大内宿・火の見やぐら

ほとんどの店は10時前後に営業を始めるので、まずは宿場を散策しましょう。メイン通りの中央にある火の見やぐらは、火事による被害を懸念した宿場の象徴。ここでは夏場の花火もご法度で、8月15日に分校の校庭で開催される盆踊りの時と、「大内宿雪まつり」の打ち上げ花火だけ楽しめます。

大内宿・書状集箱

宿場にある郵便ポストは、明治時代に使われていたものを再現。明治5年(1872年)、大内郵便取扱所(のちの大内郵便局。明治17年<1884年>廃局)の開局記念として、名称も当時の「書状集箱」とされています。

大内宿・用水路のラムネ

道の両脇を流れる水路。生活用として大根やネギを洗う山からの自然水は夏場でも冷たく、売り物の「磐梯山サイダー」やスイカを冷やす店も多く見られます。優しい水音は環境省が認定する「残したい日本の音風景100選」にも選ばれています。

三澤屋隣 休憩所

旅人にとってカエルの置物はとても縁起のよいもの。古来「無事(故郷へ)帰る」を意味するとし、大内宿にもあちこちに点在しています。三澤屋と三澤屋茶屋の間にある休憩スペースに置かれたカエルにはお賽銭が。

大内宿の町並み

この日、曇天だった空も陽が射し始め、肌寒かった秋風が心地よく感じる空模様へと変化。店先にはコスモスや紫苑、清楚で可憐な秋明菊の白い花、緑色から真っ赤に変わるほうづきの実が揺れていて、愛でながらの散策は格別です。

平清盛に反旗を翻した、高倉宮の歴史残る高倉神社へ

高倉神社・一の鳥居

昼食にはまだ時間があるため、大内宿から少し離れた位置にある唯一の神社、高倉神社へ。火の見やぐらの正面にある白丸木鳥居が目指す方角です。この一の鳥居は自然木を利用しているため、笠木の反り増しが左側にしかない、珍しい鳥居でもあります。

高倉神社・二の鳥居

福島は蕎麦どころとしても有名な土地柄。神社へと続く道の脇には真っ白で可憐な蕎麦の花が一面を覆っています。蕎麦畑の奥に見えるのが二の鳥居。宿場からここまで歩いて5分ほどの散策を楽しんだところで到着です。

高倉神社・拝殿

大内宿の鎮守でもある高倉神社は、平清盛の全盛期に反平氏の挙兵をした高倉宮似仁王(後白河法皇第二皇子)が戦いに敗れて潜行したという伝承が残る場所。この高倉宮をお祀りした神社とし、大内の地名も高倉宮似仁王より賜ったといわれています。

高倉神社・大杉

拝殿の背後には樹齢800年を数える大杉が守護するようにそびえ立っています。境内にはほこらや御不動尊が祀られ、「王三段」は高倉宮が居を構えた場所。戦に敗れ、この地へと赴いた高倉宮の想いにしばし、心を寄せてみてはどうでしょうか。

高倉神社・拝殿

拝殿には眼光鋭い龍の彫りが刻まれています。高倉宮がこの地に留まり、都を偲んで詠まれた歌は「春は桜 秋はもみじの にしき山 あづまの都 大内の里」。この歌にある大内から、宿場の名がついたと伝わっているのです。

保科正之が愛した「高遠そば」を味わう

大内宿・三澤屋

会津の蕎麦の代表的な食べ方といえば「高遠そば」。元は信州・伊那(長野県)の高遠で、大根の絞り汁を蕎麦つゆとして使う食べ方が会津に伝わり、今や会津名物となったそうです。高遠藩主だった保科正之が会津藩主として赴いた折、この蕎麦も会津へとやってきたのでしょう。

三澤屋 店内

宿場の入口に近い「三澤屋」は、三和土と囲炉裏がある昔ながらの古民家。店内には広い座敷、晴れた日には廊下の席で宿場を眺めながら食事を楽しむことも可能。多くの観光客で賑わう人気店なので、着いたら即、順番が書かれた木札を受け取ります。

三澤屋「高遠そば」

「高遠そば」1,080円は、地粉100%の蕎麦を大根のおろし汁で楽しむ、昔ながらの一杯。これに添えられるのが1本の長ネギ。このネギで蕎麦をすくって食べるのが正式な食べ方。もちろん上手くすくえないという人のため、箸も用意されています。ポリポリとネギを齧りながら蕎麦を手繰れば、気分は会津のお殿様。

三澤屋 店内

会津といえば会津本郷焼も有名です。瓦焼の流れをくむ土物(陶器)と大久保陶石を原料とした石物(磁器)とがあり、石を原料とした焼き物は関東以北唯一の磁器の産地として評判。三澤屋では陶器の蕎麦猪口を飾りとして展示しています。

三澤屋「岩魚の塩焼き」

三和土を上がったところにある囲炉裏では、大内宿名物の岩魚の塩焼きが香ばしい匂いを放っています。店に入るなりこの匂いに誘われ、会津の地酒とセットで楽しむ観光客が多いのも納得。骨離れがよく、ふくよかな身は口に含んだ途端に旨味が広がり、ついつい杯が進むこと間違いなしです。

会津の民芸品が立ち並ぶ土産屋で憩う

大内宿・叶屋

まるで本物の野菜や果物と見間違えてしまいそうな、鮮やかな色合いが魅力のちりめん民芸品を販売している「叶屋」。手作りなのでどれも表情が違い、好みのデザインを探すのも楽しいひととき。散々迷った挙げ句、自分の干支である龍をお土産として購入。

大内宿・田沼商店 分家扇屋

福島県喜多方市を中心に生産される工芸品「雄国の根曲がり竹細工」のかご類が並ぶ「田沼商店 分家扇屋」。雄国山の標高1000m以上の地域に生える根曲竹を原料とする編み細工もので、江戸時代初期から作られている伝統的工芸品。エコバッグより自然に優しい一品です。

大内宿・たまき屋

「会津本郷焼」を取り扱う店。主に商品は美里町の「陶房 彩里 (とうぼう いろり)」から買い付けており、どれもやわらかな淡い色合いが特徴。80歳になるおばあさんが看板娘。会津弁でほのぼのと対応してくれる癒しの場所でもあります。

大内宿 民宿・伊勢屋「玉こんにゃく」

お土産選びの合間にする食べ歩きも楽しみのひとつ。駄菓子感覚で安く買えるのも魅力です。ハート型の焼きたてせんべいや、半つきのごはんに甘辛いじゅうねん味噌を塗って焼いたしんごろう、こんにゃく芋から作る玉こんにゃくなど、片手で食べられるのも嬉しいものばかりです。

大内宿・南仙院(分家)

入口の「南仙院(分家)」では、起き上がり弘法師や会津のマスコットキャラクター「あかべぇ」のぬいぐるみを販売。約30cmある大きなぬいぐるみは頭が体に比べて大きく、子供が好きになる愛らしさが魅力です。今風のお土産を見つけたところで歴史旅行は終着地。大内宿の今昔を体験しに是非、一度訪れてみて下さい。
取材・撮影・文:井田 久恵
取材時期:2017年9月下旬
取材協力:大内宿観光協会

大内宿観光協会

大内宿観光協会
大内宿は、会津城下と下野の国(日光今市)を結ぶ32里の区間の中で会津から2番目の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町です。昭和56年4月18日 重要伝統的建造物群の指定を受けることに至り、通年を通し約120万人の観光客が訪れるようになりました。
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