勝谷誠彦旅コラム 第9回 紀行家、シンガポールの動物園や屋台村を歩く

旅読人コラム2017.04.18

勝谷誠彦旅コラム 第9回 紀行家、シンガポールの動物園や屋台村を歩く

シンガポールの屋台村(ホーカーズ)。昔は街のあちこちにあった屋台も、一カ所に集められて清潔に

勝谷誠彦旅コラム 第9回 紀行家、シンガポールの動物園や屋台村を歩く

シンガポール

狭い土地ながら世界中のブランドが揃う買い物天国

 世界中を歩きながら、シンガポールとは長く縁がなかった。そもそも私が自分で行ったり送り込まれたりするのは、危ないところや汚いところばかりであって、世界屈指の安全で清潔なシンガポールなどに用はなかったのである。中継地としてはしばしば使い、必要とあれば街中で一泊することもあったが、わざわざ探訪はしなかった。どんな国だか、だいたい予想がつき、日本とそうは変わらないという先入観があったからだ。
 ところが先日、友人たちにカンボジアの案内を頼まれた。「危ないところや汚いところ」と連中は思っているので、私を連れていけばいくらか安全だろうという魂胆だ。往復でともにシンガポールを経由する。友人たちは真っ当な人たちであって、なかんずく女性はこの街をただ通りすぎるのは苦痛らしい。「だって、世界中のブランドがぎゅうぎゅう詰めになっているのよ」。というわけで一泊だけながら、私ははじめてシンガポール観光というものにつきあう羽目になったのだ。何度目かという友人もいる。ひとの興味の対象とはかくも違うものかと我が身を振り返って思う。きわめて珍しいことに、私の方が案内され、連れ回されそうな事態となった。それもまたよし、である。

シンガポールのホテル

左:ホテルの部屋から
右:土地の少ないシンガポールではプールもホテルの屋上に。プールの先はそのまま何十メートルも垂直に切れ落ちている

 シンガポールの空港を通過するだけでもいつも「もう日本は完全に負けているな」と憂鬱な思いがしていた。私としては、先進国としては世界最悪の玄関口だと思っている成田とはむろん比較にならないが、比較的新しい関空や、こっそりと新しい玄関になりつつある羽田と比べても、シンガポールの方がはるかにスマートだ。今回、街の中心部へ向かい宿泊してみて、国家としてもシンガポールの方がはるかに洗練されているとの感を深くした。もっともその理由もわかってきた。シンガポールは「バーチャル国家」なのだ。まるでコンピューターの上にCGで描いたような。理由は「土地がない」からである。ブロックのレゴを積み重ねるように上へ上へと伸び、あるいはその高層ビルどうしを連結までして空中楼閣を作らねばならないわけだ。
 写真にもあるように、私が宿泊したホテルも摩天楼で、プールは30階あたりにある。水というのは重いので、こんなところに作るとビルにはかなりの負荷なのだろうが、仕方がないのだろう。友人の女性陣は歓声をあげて買い物に出かけた。さてヒマな私はどうしようかと考えて、それなら徹底的に地べたを歩いてやろうと思いたった。シンガポールで「無駄に地べたに広がっている」というのはひょっとするともっとも贅沢なことだからだ。

シンガポール動物園

動物は檻のなかにいるとは限らない

 というわけで動物園に向かった。市の中心部からタクシーで30分ほど。シンガポールはそもそも物価が高いが、入場料もそうだ。支払いをしつつ自分はいったい何をしているのかと苦笑した。動物園なんて行くのは何十年ぶりだろう。しかもひとりである。ちょっと切なくなる。
 ところがこれが意外と面白かったのである。「人工国家シンガポール」の面目はこうしたところでもいかんなく発揮されていた。「作り上げる」のが好きな人たちなのだな。サファリパークのような錯覚にやや陥ったのは、檻の格子があまりないのである。巧みに自然の中に動物がいるように見せながら、堀などで観客と隔ててはいる。一方で人に危害を加えない小動物などは実際に、私たちと同じ空間に放し飼いされていたりする。そのことも大自然の中にいる錯覚を呼ぶ。数時間はあっという間だった。

勝谷誠彦とシンガポールスリング

左:ホテルのプールサイドで水着にもならずに呑んでいる怪しいひと
右:これぞご当地、シンガポールスリング!

 ホテルに戻ってプールサイドのバーで呑む。もちろん酒は「シンガポールスリング」だ。戻ってきた友人たちが見つけてくれた。「よくわかったね」と褒めると「バーしかいるところないじゃない」と。大量のブランド品の紙袋を持っている。「ずっとバーにいたの?」「いや、出かけてきたよ。動物園に」正直に言うと「やだあ」とみんな笑っている。そんなにシンガポールで動物園にいくのがおかしいのか。ほっておいていただきたい。

タイガービール

シンガポールといえば、キンキンに冷えたタイガービール

 「さあ、屋台村でも行こうか」と立ち上がるとまた「やだあ」だ。せっかく世界屈指のグルメの街に一泊だけするのになぜ屋台なの?らしい。もう有名な店を予約しているという。夜景が美しいという。聞けばはたして空中楼閣であった。地べた主義を貫く覚悟の私は「じゃあ別々だね」と屋台村へ。ホーカーズという。これまたシンガポール的には土地の無駄遣いであって、広場を中心にのっぺりと屋台が広がっている。昔は街のあちこちにあったのに、とある店で聞くと、清潔さを保つために、国が一カ所に集めたらしい。ここでもやはり人工国家的ではある。とはいえ、エアコンではなく夜風に吹かれて呑むタイガービールはなかなかのものだった。
 たまにはシンガポール、立ち寄って街に出てもいいかな。

勝谷誠彦

著者の紹介勝谷誠彦コラムニスト、写真家、作家

■1960年 兵庫県生まれ。私立灘高校を経て早稲田大学第一文学部文芸専攻卒。
■1985年 文藝春秋社入社。記者として活動。綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人などの国内の事件やフィリピン内乱、若王子事件、カンボジア内戦、湾岸戦争などの国際報道を手がける。1996年退社。
■その後 コラムニストや写真家として活躍。食や旅のエッセイで広く知られる。
■現在 「ダイヤモンドZAi」のコラムを始め、雑誌に多数連載を持ち、TV番組「あさパラ!」(よみうりテレビ)、「カツヤマサヒコSHOW」(サンテレビ)、「ニュース女子」(MXテレビ)などに出演中。 『ディアスポラ』(文藝春秋)、『平壌で朝食を。』(光文社)などの小説のほか、「獺祭 天翔ける日の本の酒」(西日本出版社)、対談「日本一わかりやすいイスラーム講座」(アスコム)等、著書多数。 365日無休で朝10時までに400字詰め原稿用紙で12枚以上を送る有料配信メール 『勝谷誠彦の××な日々。』は多くの熱狂的読者を持つ。