勝谷誠彦旅コラム 第4回 紀行家、この国の“異界”吉野を懐う

旅読人コラム2016.10.25

勝谷誠彦旅コラム 第4回 紀行家、この国の“異界”吉野を懐う

奈良県吉野町・総本山 金峯山寺 護摩祈祷

勝谷誠彦旅コラム 第4回 紀行家、この国の“異界”吉野を懐う

奈良県吉野町・総本山 金峯山寺

金峯山寺 蔵王堂

 吉野はこの国の「異界」のひとつである。常の地上のルールがそこには適用されない。歴史的にどれほどの王朝や英雄が地上で破れてここに逃げてきたことであろう。「異界」を持つのはこの国の不思議な特長のひとつであって、たとえば寺社の境内には俗の権力は立ち入られない。江戸時代というひどく狭苦しい統制国家の中にあっても、寺社は寺社奉行の管理下であり、町奉行所は踏み込めないのである。奇妙で、しかし賢明な方法を編み出したというほかはない。民衆にとってはたとえば身近な寺院がそうした存在だったが、国家転覆を企んで失敗した人々でも逃げ込めるところがあった。それが吉野だ。

金峯山寺本堂・蔵王堂

金峯山寺本堂・蔵王堂からの眺め

 私の父のルーツは大和高田なので、吉野というものをいつも不思議に見てきた。地べたの大和に住む人々は、吉野について語る時になぜか口ごもるのである。「あそこはやな」という感触だ。地べたの大和は日本でも珍しいほど泥臭いところであって、権力に反抗するなどまず考えられない。維新回天の時のさまざまな「隊」もいずれも吉野から紀伊にかけての山の中から群がり出でたのだ。その地べたの大和から見ると、吉野は「へんな場所」だし、なんとなくそう教えられてきた気もする。大和高田まで帰省することはよくあっても吉野に決して足をのばさなかった。
 花見に行くことはあった。だが昼間の花見と「吉野にいる」ということがまったく違うと知ったのは、ある桜の季節にたまたま宿坊のひとつに泊まった時であった。17時ごろになると賑わっていた花見客がスッと引く。ただ花だけがたたずんでいて、その時期にはもう花弁を散らしていた。多くの日本人が勘違いしているが、吉野の桜はソメイヨシノではない。あの豪華な桜は江戸時代に交配によって人工的に作られたものだ。ヨシノの名が入っているのでみんな勘違いするのである。

金峯山寺本堂・蔵王堂

金峯山寺長臈(ちょうろう)田中利典師と

 「願わくば花の下にて春死なんその望月の如月の頃」と歌人が歌ったのは、ヤマザクラなのだ。ソメイヨシノのように、まず花だけが絢爛と咲いて散り、あとに葉が出るのではない。植物の基本的なことわりに従って、花も葉も一緒にある。
 そのことがまずひとつの大きな発見であった。百聞は一見にしかずだ。それと同時に「吉野はそこで夜も過ごしてみないとわからないものだ」と痛感した。夕方、花見に来て騒いでいた客が帰る。そのあと吉野は「しん」とする。ああ「死の気配だな」と私は感じた。花見の騒々しさが現世だとすれば、そのあとにたたずむのは静寂であり、あらゆるものは停止する。しかし花は咲いている。私たちがこの世を去っても、森羅万象は続いていくということか、と私は舞い落ちる花弁を受けながら感じた。いまだ悟らざるはもちろんだが「無常」というものをいにしえの人々はここから感じるのではないかと、いささか思ったのである。

吉野町・手打ちそば矢的庵「季節のてんぷら」

吉野町・手打ちそば矢的庵「季節のてんぷら」

 先日泊まったのは宿坊であって、これはもう空気からして違う。その前には普通の旅館だったが、やはり同じような畏敬に打たれるのである。吉野という地が持つ奇妙を、少なくとも私は感じている。やはり聖地としての吉野を花と並べて、日本人ならば接して欲しいと私は願うのである。日本人の多くはおそくは江戸幕府によって「地べたの民」として水田に結びつけられてしまった。それとは別の「山の民」がいたことを忘れがちだ。人別帳に記されないこうした人々が、芸能や文化を支えてきた。
 私は、自身がおそらく信州は諏訪のサンカの子孫だと認識しているので、子どものころからこうした世界にまことに興味があった。日本列島の山々の中に点々と彼ら彼女らの拠点があって、それは地上とはまた別の連絡網で繋がっていた。その「司令部」というものが吉野であったことを、私は改めて認識した。そうした史料もいろいろと残っている。
 この国が、そして世界がフラットになればなるほど、私はこういう「異界の民」のことを識るべきだと考えている。大マスコミはすぐに「少数民族が」などと書くが、なに、日本人がそもそも少数民族であり、その中に中央に従わない人々がいたのである。吉野の夕暮れに吹く風は、そんなことを考えさせてくれる。

吉野町・手打ちそば矢的庵

蕎麦もよろしい。
ぜひとも山の上で「どこがおいしい?」と聞いてごらんなさい。

 ちなみに。吉野は酒がよろしい。水がいいのだから当たり前だが、麓で素晴らしい酒が醸されている。蕎麦もよろしい。ぜひとも山の上で「どこがおいしい?」と聞いてごらんなさい、嬉々として教えてくれる。
 夜、行くべきところはどこもない。ただ宿坊で杯を手に、風の音を聞くばかりである。時に私は、花びらが落ちた音が聞こえたかと思うことがあるが、酔余のことであろう。あるいはなにものかが語りかけて来たかとも考えるが、これはもっと酔いすぎたのであろう。だが、吉野とはそういうことを考えさせる地なのは間違いがない。

勝谷誠彦

プロフィール勝谷誠彦コラムニスト、写真家、作家

■1960年 兵庫県生まれ。私立灘高校を経て早稲田大学第一文学部文芸専攻卒。
■1985年 文藝春秋社入社。記者として活動。綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人などの国内の事件やフィリピン内乱、若王子事件、カンボジア内戦、湾岸戦争などの国際報道を手がける。1996年退社。
■その後 コラムニストや写真家として活躍。食や旅のエッセイで広く知られる。
■現在 「ダイヤモンドZAi」のコラムを始め、雑誌に多数連載を持ち、TV番組「あさパラ!」(よみうりテレビ)、「カツヤマサヒコSHOW」(サンテレビ)、「ニュース女子」(MXテレビ)などに出演中。 『ディアスポラ』(文藝春秋)、『平壌で朝食を。』(光文社)などの小説のほか、「獺祭 天翔ける日の本の酒」(西日本出版社)、対談「日本一わかりやすいイスラーム講座」(アスコム)等、著書多数。 365日無休で朝10時までに400字詰め原稿用紙で12枚以上を送る有料配信メール 『勝谷誠彦の××な日々。』